アフガン記
今年の夏、私はそれまで茶一色の戦乱の地という認識しかしていなかったアフガニスタンを支援の会の同行ボランティアとして訪れた。
アフガンに着くまでの間は、遺書を家に書き置くほどの覚悟と緊張が私を襲い、その不安を大袈裟に笑うなどして隠そうとしていたと記憶する。しかしアフガンに着くと現地の人間の笑顔での出向かいにより極度の緊張はほぐれ、翌日には変な警戒心も消えていた。その一方で物乞いや半壊する家を見た事でアフガンの複雑な現状や過去を目の当たりにし、資料が物語る戦乱の地というイメージを私に蘇らせた。しかしアフガンでは想像していたほど戦争の傷跡を目にすることは無く、現実と資料とのギャップから私は傷跡を常に探していたような気がする。この事について前回のアフガン支援に参加した人に聞いたところ、前回の支援活動の時は破壊された戦車などが数多く残っていたそうだ。つまり、この8ヶ月ほどの間に撤去された事になる。それだけ今のアフガンは戦争の記憶から少しでも遠ざかり、平和な国を作ろうと努力しているのだろう。実際にアフガンの人々からは今の日本人からは感じることができないほどの平和への強い意志を感じ、私自身平和の大切さの他、私達の考える平和の水準がアフガンから見るととても高いレベルである事を認識させられた。しかし平和を強く祈るがための傷跡(記憶)の廃棄は私に一つの不安も抱かせた。それは戦争の記憶が撤去される事で起こることが推測せれる「過去離れからの過ちの反復」である。戦後日本では戦争の傷跡を残す形での平和教育により、戦争の悲惨さを忘れることなく平和国家の建設が(成功とは言い難いが)なされてきた。だが教育が進んでいないアフガンにおいて、記憶を繋ぎ止める唯一の物を速やかに抹消するのは正しいとは言い難いと私は考える。できたら私自身この方面で今後アフガンと関っていきたいと思う。
この団体と出会い、アフガンに行くまで私は将来の活動地域をアラビア語圏にしようと密かに考えていたが、アフガンで体感したことの全てが、今の私をアフガンに引き寄せているように思う。帰国当初は下痢などにより自分のことで精一杯で他の事が考えられなかったが、アフガンを離れて月日が経った今となってはこの地に対し恋しさまでも覚えるほどである。この素晴しい体験をさせていただいたアフガニスタン義肢装具支援の会の皆様とアフガンの人々に心から感謝したい。