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アフガニスタンを訪れて 8月

櫻井 愛奈

読売新聞の英語版の記事で名古屋の義肢装具士、小池清司さんを知った友人が、小池さんに滝谷氏とアフガンでの義肢装具支援活動の資料を送って頂いたことがきっかけで、その友人、竹中久世と私は滝谷氏とアフガニスタン義肢装具支援の会を知りました。おぼろげながら将来の夢としてNGOか国連で、発展途上国の支援をするような仕事に就きたいと考えている私達にとって、実際の支援現場に立ち会うことは純粋なボランティアというだけでなく、自分の将来と適性を考える意味でも、この機会はとても魅力的でした。治安・費用・学生である自分達にどれだけのことができるのかなど疑問と不安も多く、両親の反対にももちろん遭いましたが、2002年8月の、空爆後、戦争状態から一歩だけ抜けた状態のアフガニスタンに行ける機会はもう一生無いだろうと思い動き続けた結果、両親も理解してくれ、用意もなんとか間に合い、アフガニスタンへの渡航が実現しました。

実際に見たアフガニスタンでは、多くの驚きと発見がありました。何よりも一番驚いたのは、物乞いで生活する人々の少なさです。過去に訪れたことのある他の発展途上国と比べても、カブール市内の路上の人々は明らかに少ないと思われます。イスラム教には「喜捨」という富める者は貧しい者に施すべしという教えがあるため、日本古来のイメージの「乞食」という概念とはまた別の存在ですが、95年の年末に訪れたインドのマドラス市(インドにはカースト制度というまた別の歴史的背景がありますが)のほんの5分の?程だったように思います。もう一つ、とても驚いたことは人々と車の多さです。ちょうど難民として国を離れていた人々が帰ってきている最中だったせいもあるのでしょうが、夕方のバザールでは夕食の買い物のために人々で通りがいっぱいになり、どこにこれほどの人数が隠れているのだろうと思うほどでした。道路では、渋滞を起こすほど車が並び、予想以上の車の普及率にまた驚きました。

実際の支援活動では、私の片言の英語での通訳と、患者さんの受付、記録を主にさせて頂きました。患者さんの多くは地雷による犠牲者でしたが、決して兵士として戦闘中に地雷を踏んだ人達だけではなく、ただ道を歩いていて地雷を踏んだという人、自宅にいたところにミサイルが打ち込まれたという人も多く、強盗に襲われて両足の自由を失った少女、ポリオで歩けなくなって以来、ほとんど家の外に出ることが無くなったという女性もいました。現在義足で生活している人も多くいましたが、ほとんどが五年から十年もの間使い続けられていて、「体に合わない」「痛い」という声が大変多く聞かれ、また、松葉杖と義足を併用している人、松葉杖のみで生活している人も数多く、「手がふさがっているので仕事がしたくてもできない」「松葉杖の使いすぎで腕が痛む」との訴えもよく聞かれました。加えて、地雷で足を失った人、特に戦争中に被害に遭った人は充分な治療や処置をその時に受けることが出来ず、「傷が痛む」「足(又は腕など)に地雷の破片があるのでとって欲しい」という主張も多いのが印象的でした。人から伝え聞いたのか、非常に多くの患者さんが来院されましたが、自主的に来たのは全て男性であったこと、その70%以上が働き盛りの年代でありながら無職で、兄弟や親戚の助けを得て生活しているという話も多くあり、需要の高さを改めて感じました。

患者さんやお世話になった人々と話して強く感じることは、皆が自国アフガニスタンに対して誇りを持っているということです。「ここはとても綺麗な場所だったんだ」「アフガンは気に入ったかい?」などなど。多くの人が優しく、親切に接してくれました。また、アフガニスタンの景観は本当に美しく、私の拙い言葉では伝えきれないことが残念でなりませんが、岩山を見て泣きそうになるほど感動したのは生まれて初めてでした。
アフガンから帰国し、学内などでこの体験の話をする機会がありましたが、実際のアフガニスタンの状況はあまり知られていなく、人と話せば話すほど「ビンラディン」「イスラム教とブルカ」「アメリカに爆弾を落とされた可哀想な国」などステレオタイプ的なイメージが強く、具体的に何がアフガンで必要とされていて、なぜ「可哀想」なのかを考えている人は少ないことを発見しました。これは、同世代の学生達だけではありません。実質的な支援もとても重要ですが、実際のアフガンを出来るだけ正確に伝えることの重要性も改めて強く感じました。その意味でも、アフガニスタンでのボランティア活動に参加できたことは本当に有意義だったと思います。

お世話になった中のある人が言っていた一言が、強く心に残っています。「ソ連もアメリカもイギリスもドイツも、世界中のほとんどの国が第二次世界大戦戦後にアフガンに地雷を埋め、爆弾を落とし、アフガンを苦しめ、傷つけていった。今では多くの国の組織が援助に来てくれているが、傷つけることなく我々を助けてくれているのは、あなた方日本人だけだ。」現在の私は、来る6月に米国留学を予定して、英語を中心にいくつかの教科を勉強中です。しばらく日本を離れ、遠くから滝谷さんとアフガニスタンにエールを送ることになりますが、どうか息の長い活動が続き、大学を修了して、技術と知性を身につけてまたアフガニスタンで支援の会の一員として活動が出来たら、と思います。ありがとうございました。

アフガニスタン義肢装具支援の会ボトム画像